2010-08-12

Do it! Boy

ご存知のとうり、自分は日々。
のほほ~んと暮らしているように見えますでしょう。
はい、実際そうですし、暗い話や、難しい話はキライです。

でもたまには心の中でまじめな事を考えたりしてるのですよ。たまにですけど。
少しだけお教えしましょうかね・・・


中学1年の夏休み中のある日の話。

家の外で遊んでいると、黒い高級車が来て止まりました。
偉い人たちがよく乗ってる奴です。
この辺に来て、ましてや家の前に止まるなんて。
ありえないことです。

「何だろう?・・・」
「ひょっとしてボクはホントは大金持ちの息子で・・・」
などとくだらないことを考えていますと・・・

白衣を着たおじさんが近づいてきて。
「花●※☆君ですね、これから一緒に来てください。」

疑うことを知らない純朴な少年だった(今もそうですが・・・・・・嘘です)のと、
好奇心から車に乗り込みました。

到着したのは山の上の病院(研究所)でした。

しばらく待たされましたが、その間
ブロンドヘアーで胸元の大きく開いた白衣の・・・
は残念ながらいませんでしたが、
綺麗なお姐さんがお菓子をくれたり話したりしてくれ、
緊張を和らげてくれました。

この病院が何なのか、は広島の子は知っていますから、
怖がっていると思ったのでしょう。

その後、いくつかの部屋に通され、
採血から始まって、
普段学校で行われるものよりメニューの多い身体検査を受けました。

終わると又しばらく待たされ、
来たときの車で家まで送ってくれました。

自分では意識していませんでしたが、緊張していたのでしょう、
帰りの車では寝てしまいました。

夕方 母親に今日有った事を伝えました。
母親は驚きもせず、「ふ~ん」とだけ言い、夕飯の支度を始めました。

今思い出せば、ある日突然ではなく事前にお知らせが来ていたのでしょう。
母親が自分に伝え忘れたのか、自分が聞いてたけど忘れたのか、
・・・母親は言いにくかったのか・・・



後日結果が送られてきました。
それが洋画で見るようなタイプライターで打った、
英語がいっぱいのカッコいい書類だったのを覚えています。
ただ、内容は・・・忘れました・・・

メラミンがどうのこうのとか親が言ってましたかねえ・・・

皆さん承知のとうり、自分は元気に暮らしております。
母親も元気に暮らしています。
それが何より幸せなことです。

先日も言いましたが、母親は昔の話をしてくれませんでした。
それがここ数年から、ぽつりぽつりとですが、話すようになりましたね、ええ。
親から聞く今までよく知らなかった激動の戦後。
中にはショッキングなのもあります。
母親が暮らしていた場所は、
「地点」
のすぐ傍だと知っていましたから・・・
有るだろうとは思っていましたが、
本人の口から聞くと衝撃は強いですね・・・

でも話を聞いて思うのは、「その時」よりも。
その後の「幾年月」の方が、辛かったのだな・・・と。

今でも明るく前向きに生きている両親やその家族には、
最大級の尊敬の念を持っています。

この時期テレビでもたくさんの番組があり、
最近では今まで知りえなかった情報まで解る様になって来ました。
関心があれば、多くの情報が簡単に得られます。

でも皆さん。
機会があれば身近な長老の話を聞いてみましょう。
きっと他では得られない気持ちが、
自分の中に生まれますよ。

Today,s Title & Music
「Do it ! Boy」
By A.R.B

2 comments:

  1. つい数年前まで、大正12年生まれの爺ちゃんがうちの現場で重機のオペレーターやってた。
    一緒に飲むと面白い話や感慨深い話を色々聞けたなぁ。
    兵役の話やサハリンの話…。
    「俺は食糧難が来ても生きていく地震がある」とか「怪我なんて病院行かなくても気力で治る」なんて言ってた。
    その時代を生きた人ってのは、人類としての強さを感じるね。

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  2. ・・・盆造(´ー`)y━・~~~
    説教じみてたり、同じ話を何度もしたり、
    常に断定的だったり・・・
    長老の相手は面倒に思いますが、
    良い話しが聞けたときは格別ですね。
    ・・・大正生まれでこないだまで重機オペって・・・

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